第51回 青梅マラソンを走りました
最終更新日:2017/09/26
2月19日(日)、「第51回 青梅マラソン」を走りました。ほぼ練習せずに参加する羽目になってしまい、今回は苦労して30キロの部を走ってきました。
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コース
青梅マラソンを本ブログで取り上げるのは今回で3回目なのであまり書くことがないのですが、改めてまとめてみます。
過去2回の記事は、下記のリンクからよろしければご覧ください。青梅マラソンの詳細がより知りたい方は、こちらの過去記事のほうをおすすめします。
過去3年分のGPSデータを元に高度差の図を作り直しました。毎回GPSでデータを取っているのですが、高度に関しては結構いい加減で、3年間のデータを比較すると地点によっては10メートルぐらい差があります。そのため、3年間のデータをならして可能な限り曲線化しています(縦軸は標高ではないので注意)。
折り返しの14.7kmを頂点として、おおむね左右対称になっています。ご覧の通り、アップダウンの激しいコースです。三角定規のように、行きは上り、帰りは下りなら、足の負担を計算しやすいのですが、行きも帰りも坂の連続なので、想像以上に足に負担がかかります。また、アップダウンの繰り返しなので、一定のペースで走ることが非常に難しいです。
青梅マラソンを最後まで止まらずに走りきるには、フルマラソンを走りきるための走力が必要になります。フルマラソンの場合、「残り10キロがきつい」とよく言われますが、青梅マラソンも同じです。21キロ手前から始まる坂が、容赦なくスタミナと足の筋力を奪っていきます。
初めて参加する方は大抵うしろの方に並ぶことになるので、走力に自信がなければ周囲のランナーと同じペースで走ることをおすすめします。走力に自信があっても、足を坂道に慣らしていく意味で徐々にペースアップしていくほうが良いでしょう。いずれにしろ、後半に余力を残しておくことが大切です。
大会の様子
スペシャルゲストは3大会連続参加の高橋尚子さん、今回初参加の篠原ともえさんのお二人でした。
高橋尚子さんは今回スターターも務められました。また、今回もコース上でのハイタッチを21km付近とゴール手前で行われていました。
箱根駅伝の3代目山の神でお馴染みの神野大地選手が30キロの部に参加と言うことで、かろうじて何とか写真に収めることが出来ました。ブレて分かり難いですが、右端が神野選手です。残念ながら神野選手は3位でした。
優勝はケニア人のチェボティビン・エゼキエル選手でした(写真の左端の選手)。以外なことに青梅マラソンでアフリカ勢が優勝したのは初だそうです。私も長年青梅マラソンに参加していますが、よく考えたらアフリカ系の選手が走っているのを見たのは初めてだったように思います。
今回の優勝タイムは1時間30分49秒でした。オープン参加の非公式記録ながら瀬古利彦さんの1時間29分32秒はいまだ破られていません。出来れば日本人に破って欲しいものですが、アフリカ系の選手が参加してくるようになると記録を抜かれるのは時間の問題かもしれません。
2km付近の市街地の様子です。
市街地を抜けてゆるやかな坂に差し掛かった所です。今回は他にも走りながら写真を撮影したのですが、身体的に問題を抱えながら走っていたので、残念ながら使い物にならないものが多く、ほとんど没にしてしまいました。
参加賞
昨年から引き続きPUMA提供のTシャツが参加賞としてもらえました。ちなみに、2年前まではASICS提供でした。
完走後
例年通り、完走後はスポーツドリンクとおにぎりがもらえます。また、今年は完走賞としてメダルがもらえました。しかし、メダルがビニールの袋に入った状態と言うのがいただけません。
袋の状態なら手渡ししやすいのは分かるのですが、そこは首に掛けて欲しかったところです。そうしないと、もらって嬉しいとは感じないでしょう。メダルがもらえる大会に参加したことは何度もありますが、首にかけてもらえなかったのは初めての経験でした。もし来年ももらえるのであれば、大会関係者の方には考えてもらいたい所です。そもそも、メダルを綺麗に袋に入れるほうが面倒だと思うのですが……。
デザインは良いのに渡し方はすごく気になりました。ちなみに、完走メダルの帯はゴールテープと同じデザインのようです。
結果
スタート時の気温は5.5度と少し寒かったです。しかし、天候は最後まで晴れだったので、走り始めたら特に気温は気になりませんでした。今年は風も特に気にならず、終始走りやすい天候でした。
実は今回は腰痛で練習がほぼ出来ず、マラソン大会自体が今シーズン初参加ということもあって、散々な結果でした。
距離(km) | 区間タイム | 到達時間 | 距離(km) | 区間タイム | 到達時間 |
---|---|---|---|---|---|
0 | 3:27 | 0:03:27 | 16 | 5:47 | 1:36:06 |
1 | 6:06 | 0:09:33 | 17 | 6:05 | 1:42:11 |
2 | 5:49 | 0:15:22 | 18 | 6:02 | 1:48:13 |
3 | 5:36 | 0:20:58 | 19 | 6:11 | 1:54:25 |
4 | 5:47 | 0:26:45 | 20 | 6:36 | 2:01:00 |
5 | 5:28 | 0:32:13 | 21 | 7:24 | 2:08:24 |
6 | 5:44 | 0:37:58 | 22 | 7:20 | 2:15:44 |
7 | 6:01 | 0:43:59 | 23 | 7:23 | 2:23:07 |
8 | 5:47 | 0:49:46 | 24 | 8:20 | 2:31:27 |
9 | 5:29 | 0:55:15 | 25 | 8:57 | 2:40:25 |
10 | 5:47 | 1:01:01 | 26 | 9:11 | 2:49:36 |
11 | 5:52 | 1:06:54 | 27 | 7:24 | 2:57:00 |
12 | 5:45 | 1:12:39 | 28 | 10:30 | 3:07:30 |
13 | 5:53 | 1:18:32 | 29 | 9:00 | 3:16:30 |
14 | 5:45 | 1:24:17 | 30 | 6:26 | 3:22:56 |
15 | 6:03 | 1:30:20 |
3時間23分と言うタイムは、私にとってのワースト記録です。腰痛も完全には治っておらず、前日まで参加と欠場のどちらか悩みつつ走ったため、仕方がない結果ではありました。2年前のベストタイムの+1時間なので、正直かなりへこみました。ブログに記事として掲載するのもどうなんだろうと悩んだのですが、練習不足で走るとこうなりますと言う悪い例として出すことにしました。
どれだけ他のランナーに追い抜かれようとも、最初からなんとかキロ6分ペースで走り続けようと奮闘しましたが、かろうじてなんとかペースを守れたのは20kmぐらいまでで、以降は両足の痛みとスタミナ切れに悩まされ、歩いては走りの繰り返しでした。20kmまでは練習不足でも小手先のテクニックでなんとか走れてしまうものですが、それ以上は無理でした。冒頭のコース説明でも書きましたが、練習不足だと残り10キロで地獄を見ます。
不幸中の幸いだったのは、腰痛が特に悪化しなかったことです。来年はしっかりと鍛えてリベンジしたいと思います。